2012年1月22日 (日)

「N響 ”第9”演奏会」 2011。 ”第9”演奏会2010。デジタルとアナログ、あとがき

前号エントリーのあとがき。

「N響 ”第9”演奏会」 2011は5.1chデジタル放送をPCで受信して、PCに録画。
その録画をPCで再生しながら、ブログに書き込んだ。
テレビ受信機が5.1ch対応のスピーカー装置で、環境がそれなりの部屋で聴いたら、さぞ素晴らしいことであろう。
でもPCでの受信、録画は音響、音質、映像画質はとても優れている。

「N響 ”第9”演奏会」 2010はアナログ放送をビデオレコーダーで受信、ビデオテープに録画したものをPCで再生しながらブログに書き込んだ。
画像画質はPCのでデスプレーの解像度がデジタルの時に比べて、だいぶ落ちる。
音質はアナログでよく言われるように、優美、つややか。
第9第1楽章の序奏のヴァイオリンのトレモロが聴けたのが、アナログ放送の録音録画ビデオテープだった。

デジタル録音CDと、DVD
デジタル録音CDDVDのものいずれもこのトレモロが聴くことはできなかった。
演奏によるものか、録音技術によるものか・・・
おなじPCで再生して、視聴しながらブログを書いた。
DVDはカラヤン&ベルリンフィル1977年制作。DVD初期のころのもので画質、音響は、あまりよくない。

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「N響 ”第9”演奏会」 2011。 そして”第9”演奏会2010も・・・

2011年12月31日放映の年末恒例「N響 ”第9”演奏会」

デジタル映像で5.1CH、残念ながら私の再生装置(スピーカーシステム)でないのだが、PCのステレオ端子、ヘッドホンでも十分優れた音質で聴けた。

ベートーベン:交響曲第9番ニ短調 作品125 (合唱つき)
指揮:スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(長い名前なので欧米ではMr.Sとも呼ばれる)/ ポーランド生まれの88歳。
氏は交響楽の名匠と称され、日本での指揮、演奏活動で輝かしいばかりの名声を得ているようだ。
合唱:国立音大

恒例の番組であり、指揮者の”第9”へのメッセージが毎回聞かれ、練習場面も流される。

Mr.Sは完全な美しさを求めて、オーケストラの一人一人に音の大きさや微妙な表情に気を配った。
今回弦楽器のパート譜には自分で弓使いを書きいれ、メンバーに渡した。
弓のどの部分で引くかまで細かく指示しました。

練習の風景で、氏が、”もっと歯切れよく”、”素晴らしい”など身振りをしながら指示するのが印象的。

細部に徹底的にこだわったのはすべて、第9の持つ大きな力を聴き手に伝えたい。
この音楽のおかげで私たちは希望を持って人生を歩めるのです。
3月大震災、こんな時こそ音楽は人々の心を癒してくれます。
苦しむ人々に希望と再び立ち上がる力を与えてくれるのです。
Mr.Sは、このようなメッセージを語り、私は深く心にとどめて聴きました。

演奏収録は 2011年12月22日NHKホール。

第1楽章 アレグロ マ ノン トロッポ、ウン ポコ マエストーソ
序奏の動機が繰り返されるあたりや楽章を支配する荘重な曲は、Mr.Sの練習のときに指示したことが表現されているのかな、という感銘が深かった。
Mr.Sの指揮ぶり、表情がとても分かりいい。

第2楽章 モルト ヴェヴァーチェ
序奏、ティンパニーのソロとオケの掛け合いである。弦5部のスタッカート風に刻み込む緊迫感、緊張の連続である。
ティンパニーの残響が残っているところにクラリネット、フルート首席奏者神田寛明さんが活躍されていて、オーボエは息継ぎについてゆくのが難しいといわれるフレーズが続く。
重苦しく緊迫感を増幅させる、木管、金管楽器。ティンパニーがさらに激しく曲を進める。

第3楽章アダージョ・モルト・エ・カンタビーレ
クラリネット、ファゴットが死にそうなくらい苦しく、延々と吹かれる。
また、ホルンの大きな大きなソロが、とてもとても有名だ。
首席フルート神田寛明、オーボエ、クラリネット、ファゴットの安らぎの旋律に和して繊細な弦楽器が主題を変奏して行く。
このフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルンは動機、主題を提示、展開してゆく上で、かなり重要な役割を担っているようだ。
次の主題では弦楽器の繊細な美しい旋律、弦のピチカートの上で奏でられると天上の楽園のような穏やかで清らかな美しさに、何度聴いても感動が高ぶってゆく。
だが、コーダのようなところで、”いや、これではない”、と否定される前駆的な不安をを覗かせるフレーズが次第に緊迫感を昂ぶらせ、ふたたび、祈りを思わせる崇高な主題に帰る。
感動が深く、好きな楽章だ。

第4楽章 プレストーアレグロ アッサイ 
フィナーレの序奏、とても深く、重厚なコントラバス、チェロ,コントラバスとオケが重なり合って低い音から入る、裏でファゴットがメロデーをオブリガードで吹く、重要な転換点を表現する。

第一~第三楽章のそれぞれの主題旋律を否定するようなところがあり、この曲の崇高な荘重さで歌い上げる”歓喜の頌歌”へと導入する。
弦の重低音から旋律が低く、そして高音部の弦の旋律が壮大な歩みを思わせてやがてフォルテイッシモで緊張を高める。
コントラバスとチェロのかなりの部分、バイオリン群、管楽器群と掛け合うように展開し、歓喜の主題の導入部へとリードする。渾身の緊迫溢れる指揮で劇的、緊迫の怒涛のプレスト、そして、テノールのソロへ、合唱へ。
テノール、バリトン(バス)、ソプラノ、アルト(メゾソプラノ)、混声4部合唱で華麗、壮大、感動のクライマックスのフィナーレとなる。

このオーケストラの楽器配置は、左翼第1バイオリン2列、その右から正面にかけてチェロ。
右翼、第2バイオリン2列、その奥にヴィオラ2列。
左翼ヴァイオリン、チェロの奥にコントラバス。
この楽章のコントラバスの音響、フレーズの重要さがこうした配置になるなかな、などと思ったりする。

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2010年のN響・第9、ヘルムート・リリングの演奏を聴いてみて、作者の訴えるところが聴き手に音の響きがかなり違うことが印象付けられた。

ヘルムート・リリングさんはJ・S・バッハの演奏、合唱音楽の世界的権威として広く名を知られている。
早くから信仰と音楽の深い結びつきを学んだ。
そのヘルムート・リリングさんのコメントから。
”バッハをとても崇敬しています。
ベートーベンもバッハを高く評価し尊敬していました。
バッハの影響は彼の作品、とりわけ第9の中に明らかです。
第4楽章、まさに合唱の部分に大きなフーガとフーガ風の部分があります。
バッハの存在なしにはこのようなフーガは書けなかったでしょう。
音楽には情熱が必要です。理屈ではありません。心で感じ、魂で語るのです。”
このような感想を述べて、練習、演奏会に臨んだのでした。

第1楽章 アレグロ マ ノン トロッポ、ウン ポコ マエストーソ
ピアニッシモの序奏、ヴァイオリンのスラーがクレッシェンドで進み、より強くトレモロが刻むヴァイオリンの繊細な響きが重なるフレーズ。
このトレモロの響きは、今まで数多くの第9の演奏では聴けなかった。
アナログ放送の録音し再生のシステムが周波数特性の関係で表せないのか、聴いたことがなかった。
カルチャーショックというのか、新鮮で大変な驚き、発見だった。
続く管楽器のフレーズの主題が提示されると、ピアニッシモの序奏、ヴァイオリンのスラーの群よりも強くトレモロの繊細な響きが繰り返される。
この放送はアナログで、この演奏の音質は柔らかくつややかだ。そこでこのようなデリケートな音楽を奏でるのかな?

以下の楽章もテンポがやや緩やかで、起伏が大きすぎず、旋律は歌う。
重厚、厳格、奥深い細部にわたりそれが積み上げられたゴシック建築の様なバッハでの演奏で培われたのかと思うような合唱、緊張、緊迫のフィナーレ。
終楽章の序奏、重低音のコントラバス、楽器配置は右翼チェロ、ヴェオラ、の列、の奥隣り、かなり前部に張り出して見える。そのせいで、すごい重厚感、迫力があり訴求力が強い。

演奏が終わり指揮者がソリスト、合唱団、管楽器の各パートを讃える感激のシーン、素晴らしい。
バリトン/ミヒャエル・ナジは、”一瞬一瞬音楽に忠実であろうとした結果、素晴らしい音楽を創り上げる”、とヘルムート・リリングを評した。


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聞き比べ、ベルリンフィル:カラヤンの第9・第1楽章を聴くと、パフォーマンス、表情がカリスマ的で、パッション、ドラマテックな強調を強く感じる。

ほかに、過去こんなことも聞き比べをしている。

「第9、6人の指揮者・オーケストラ」2007年4月15日
フルトヴェングラー
アバド
フリッチャイ
ベーム
カラヤン

◆2010年、2011年N響第9演奏会を合わせて書いて、重く、長く、駄文続きとなった。


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