青春の彷徨・東国編
東国とは奈良・京を都とした時代、現在の関東、東北方面を指したものであろうか。
この地を旅した幾つかのシーンを、そんなイメージで編集した。
奥州平泉
奥州藤原氏が平泉に本拠を移したのは11世紀の前九年の役、後3年の役のあと、藤原清衡のときである。
その清衡が平泉に中尊寺を建立した。
清衡の父藤原経清は京都の出身、平泉文化は京の影響を受けたのであろうか。
中尊寺建立の際、清衡は願文を奉納した。それは、何か。歴史に思いをはせる旅。
2005年大河ドラマ「義経」。平泉文化も、義経も滅んだ。それも描かれるのか。
(画像をクリックすると拡大します)
新覆堂 と書かれた先は金色堂。
「新」としたのは,昭和の大修理(1948年)でそれまでの覆堂(さやどう::または、おおいどう)を建て替えたから。
金色堂。
旧覆堂は鎌倉幕府により1288年建立された。
その覆堂に守られた金色堂には中央須弥壇に阿弥陀如来ほか諸尊がある。そして、初代藤原清衡、二代基衡、三代秀衡の遺体が納められている。
毛越寺跡 大泉ケ池
特別史跡・毛越寺跡、特別名勝・大泉が池。その池に浮かぶ復元された「龍頭鷁首」。毛越寺は二代藤原基衡の建立。が、藤原三代にわたって造営されたのではないか、と近年指摘されたそうだ。
奥日光
いろは坂を登り始めて樹木に覆われた急な坂道を車で進むと、カーブを曲がって突然目の前にあらわれる男体山の岩肌。
屏風岩
何十回となくこの局面を見たが、いつも鮮烈。曲がりくねった急な坂道をドライブする、スリリングな爽快感。
戦場ヶ原。 中禅寺湖畔の紅葉も素晴らしいが、その奥深く進むと 季節によってはニッコウキスゲ、さつき、など自生群の 自然にふれられる
中禅寺湖より戦場ヶ原、湯ノ湖に至るあいだの道路の近くに竜頭の滝と湯滝がある。湯ノ湖は標高1450メートルで、
この道路はいろは坂に比べると割と緩やかだ。が、樹木に覆われた道。ある厳冬期、氷点下の深い雪に埋もれた道端で、思わず車をとめ、降り立って見つめた木の枝先。ねこやなぎの僅かにのぞいた芽。忘れられない感動だった。
金精峠に向かう途中から、湯の湖を望む。左は男体山。稜線の麓の起伏の右、僅かに湖面が見える。中禅寺湖である。
この写真のほかも掲載、スライドショウもある私のHPもご覧下さい。
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コメント
「シニアドさいたま」の皆さま
活発に御活躍されているのをメールで見させて頂いています。
次回、5月の会合には是非参加したいと思っています。
久しぶりにブログ『架け橋』更新しました。
『トラックバック』なるものに挑戦していますが
中々上手く出来ません。
テスト中みたいになるかも知れませんが
よろしく。
投稿: kちやたに | 2005年2月27日 (日) 20時11分