中村紘子:佐渡裕&N響でのラフマニノフ・ピアノ協奏曲1番を聴く
N響アワーで中村紘子さんが愉しい、面白いトークをなさった。
もう、かなり前のことだが。
ラフマニノフのピアノコンチェルト1番を中村紘子のピアノ、佐渡裕指揮N響の演奏会の番組でのことだ。
演奏会ステージ上でのふんわりと広がるロングドレスの陰にまつわる幾つかの珍談や、ドレスにご苦心なさる裏話はめったに聴けるものではないものだった。
ラフマニノフの第1番は限定版と改訂版があり、これも楽譜をそろえる上で苦いエピソードがあるそうだ。この日の演奏は改訂版であった。
ラフマニノフはピアノ協奏曲第3番の大難曲を発表したあと、若い時の恥であるような第1番を改訂版として出した。
今日ではほとんど演奏されることはない第1番である。
以上が中村紘子さんの、今回のご自身の演奏を放送するするにあたってのお話である。
私は、先日第2番を堪能したあと、このことを再度聴いて、鑑賞したのである。
いきおい、どうしても全体的なイメージが似ている第2楽章のことを思う。第3楽章は複雑、技巧的な曲の流れ、憂愁を感じさせる弦の旋律の起伏の上を、優しく揺らめき、きらびやかさも見せるピアノ。
私は、つい、経過を調べた。
この曲、第1番が作品.1嬰へ短調で1890、91年の作品であり、
第2番が1900、01年作曲ハ短調作品18であること、
第3番が1909年作曲、ニ短調作品30、そして中村氏が披露した第1番の改訂版が1917年になされたことを知った。
抒情、憂愁、熱く切なく情念を高ぶらせ、不安な想いおも想起させる第2番の曲趣の作品、さらに第3番の初演後後年に、(第1番から27年後ほどの年月のあと)第1番を改訂したのであった。
中村紘子さんは、この曲に取り組んだ意図のようなものはなにも語らなかったが、期すものがあったに違いない、と私は想像する。
そして演奏後の鳴り止まない拍手は、聴衆がそれを感じての熱烈な賞賛であったのであろう。
佐渡裕氏のことは別の機会に。
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